図 書 室15
歎異抄の読み方                       ひろ さちや著    
 
前回も話したと思いますが我が実家は浄土真宗本願寺派で私もどちらかと言えば仏教が好きな方である。何故あえて好きな方と言い

回すかは、どの宗教とか宗派とか等にはあまり興味が無いからです。(ちなみに浄土真宗は日本でもっとも大きい仏教宗派だそうです

)大乗仏教を多少でもご存知の方でしたら知ってて当たり前と言われるかも知れませんが、歎異抄とは何なのかの説明から致します。

この歎異抄とは浄土真宗の開祖である親鸞聖人の弟子唯円が親鸞と交わした会話を回想記録した物で、その内容は親鸞の教えの

エッセンスそのものです。
 
一番有名な文は『善人なおもて往生とぐ、いわんや悪人をや』これを現代語に翻訳すると『善人ですら、この世とあの世で救われるの

である。ましてや、悪人なら、なおさら簡単に救われる』と。このままストレートに読むとWHY?となる。ここが歎異抄の深いところで解

釈が大変ずかし所です。この歎異抄に表現されいる事、つまり人間の煩悩(この場合は悪)を極限まで見つめた上で、南無阿弥陀仏

との念仏一語に全てを託す。これがこの歎異抄の教えの基本的な所です。

 
ただし誤解してならないのは決して煩悩を否定しているのでは無く煩悩があっての我々でもあります、よって重要なのはそれを徹底的

に自覚し自分の力ではどうする事も出来ない時に始めて他力(阿弥陀仏)への祈りとなります。
 
話は変わるが、私はつくづく人類と言うものは迷いの中から抜けだす事が下手な種なのだと思う。苦しみや悲しみの原点は全て自己

の心が作り出しその中でもがきながら進んでいる。そして自己を傷つけ他の人を傷つけている。
 
ワンネスという言葉をご存知だろうか? 生けとし生けるもの全ては1つであると言う事・・・。
 
貴方の両手の手のひらを見ていただきたい。そこには10本の指が見えると思う、その一本一本が一人の人間と考えた時、左手の親

指を貴方と仮定し右手の親指を傷つけたとしたら貴方は自分自身を傷つけた事になる。そしてその考えを拡張していくと地球と言う一

つの大き
な生命となるのです 我々はそこの所が分からないのです。 
 
 
アマデウス                        ハーバート・クファーバーグ著    
 
ヴォルフガング・アマデウス・モーツアルトこの人を知らない人はいないでしょう。あのモーツアルトです。この本は彼自身を研究した書

で生い立ちを記載したものです。彼は35歳で亡くなるまでに何と600曲以上の曲を書いている超天才です。アカデミー賞受賞の映画

アマデウスをご覧になった方でしたら映画のモーツアルトのイメージがあると思われますが、実際の人物像はかなり違うようです。ただ

し女好きの点は正しいかも。
 
私はクラシックを聴く様になったのが社会人になってからでした、中学から高校の頃はロック一本で1969年頃ちょうどウッドストックとビー

トルズ解散頃あたりから聞き始めて大学でJAZZになりました当時LPレコードで300枚ぐらい持ってた記憶がある(大学時代金にこま

り全て売ってしまった・・・後悔)そして暫く経ちクラシックになりました。
 
何故か一度も日本の歌謡曲とか和製ロックには興味が起きませんでした。
 
モーツアルトでは何といってもオペラ『魔笛』『フィガロの結婚』『コシ・ファン・トゥッテ』あたりがお気に入りです。しかしどのジャンルの音

楽でも心を豊かにしてくれるもので心地よい旋律を耳にすると気分が落ち着くものです。また旋律によっては鳥肌が立つぐらい高揚し

た気分にもなれます。  やはり 音楽=波動 と繋がってきます。