図 書 室53
奇跡の脳                                              ジル・ボルト・テイラー 著
 
この本はインディアナ医科大学の脳科学者である著者本人が脳卒中となり再生までの8年間の体験を綴ったものである。

この本の注目点は自分の脳が壊れていく様を科学者の視点で説明している点で、単なる闘病記録と違い時間経過と共に脳機能

の崩壊と回復過程が克明に説明されていることである。

彼女はハーバード大で神経解剖学者として第一線で若い専門家たちに人間の脳の機能に付いて教えていた。

まさにそんな日々のある朝、自分の脳内にある血管から出血をし、脳の情報処理機能が崩壊していくのを見つめていく事になっ

たのだった。この本を読み進めて行くと彼女の不屈の精神にただただ驚かされる。

症状は左脳のダメージを受け言葉の意味を理解する分野・文章を作る分野・身体を動かす分野・体の境界と空間と時間の分野

・皮膚と筋で世界を感じる分野、等の部分がほぼ機能しなくなる状況となった。

この様に理論的思考の情報処理及び自己認識がほぼ不可能になる状態に陥ったのであった。

左脳の崩壊とは先に書いた通り、理論的思考の基本となる過去・未来に対する認識能力を奪われる状況となる。後は残された部

分、いわゆる右脳と前頭前野から復活の道を辿る事となる。

文章前半の彼女が朝起きてから病院に運び込まれるまでの症状の進行状況を、残された脳機能をフルに使ってのリアルに描写

した様子は科学者らしい行動である。

では左脳がほぼ機能しなくなり右脳中心になるとどうなるのか。

ここから少し本文を抜粋する。『周囲と自分を隔てる境界を持つ固体のような存在としては、自己を認識できません。ようするに、

もっと基本的レベルで、自分が流体の様に感じるのです。 ~ 中略 ~ 言語中枢にある自我の中枢は自己を個々の、そして

固体のようなものとして定義したがります。つまるところ、わたしたちの全ては、常に流動している存在なのです。左脳は自分自

身を、他から分離された固体として認識するように訓練されます。今ではその堅苦しい回路から開放され、わたしの右脳は永遠

の流れに結びつきを楽しんでいました。もう孤独ではなく、淋しくもない。魂は宇宙と同じように大きく、そして無限の海の中で歓喜

にに心を躍らせていました。』


左脳の機能が制限される事よって何が起きたのか?

これは行者たちや聖者たちが行や瞑想など何年も、場合によっては一生かけ修行して到達する領域にあっと言う間に到達してし

まったという事である。

脳卒中で左脳が機能しなくなると自己(エゴ)認識が削ぎ落とされてしまうのである。そして更に時間の概念が欠落し正に”今”とい

うこの瞬間に生きる事になるのである。そこには自己の過去の記憶から開放され判断する必要の無い自由を手にしたのである。

『あなたは、起きたこと全てを私がまだ覚えているのはどうしてだろう、と不思議に思うでしょうか。わたしは精神的に障害をかかえ

ましたが、意識は失わなかったのです。人間の意識は、同時に進行する多数のプログラムによって作られています。

そして、それぞれのプログラムが、三次元の世界で物事を知覚する能力に新しい拡がりを加えるのです。わたしは自我の中枢と

自分自身をあなたと違う存在として見る左脳の意識を失いましたが、右脳の意識と、体を作り上げている細胞の意識は保っていた

のです。』

人間の脳そして身体の能力に驚かされる。

くしくも彼女はバリバリの左脳人間であった、しかしこの左脳の機能を一時的にでも失うと言う経験で得たものは測りしれないもの

があり、もう後戻りは不可能であろう。 右脳の働きの優位性は彼女に限らず全ての人が持ち合わせている物なのである。

人類がもう少し左脳の機能に頼りすぎずに右脳の機能も大切に扱えば、おそらく今より平和で調和のとれた世界が実現するので

あろう。

ほぼ完全に彼女が回復し大学で再度教鞭をとるまでに約8年の歳月が必要であったが、その不屈の精神に改めて驚嘆せづには

おれない。


彼女の講演を 下記VISALECTURE で見ることができるので是非ご覧下さい。

日本語字幕を選択できます。

VISUALECTURE『 パワフルな洞察の発作』 ジル・ボルト・テイラー