図 書 室48
時間のない領域へ                           マイケル・J・ローズ  著
 
久しぶりにマイケルローズの本の紹介である。この本はマイケルが実際の経験を基に書かれているが、読み方によっては単なるファン

タジー&空想の産物と片付けられる恐れもある。
 
彼が我々に伝えようとしている事は何か、そしてその思いの先に何があるのか? 多くを学ぶ機会を与えてくれる一冊であることは間

違いない。 最初にこの本のタイトルにある時間のない領域とは一体どの様なものなのか? 
 
それを理解するには始めに「時間」についての定義が必要であろう。
 
私なりに時間を定義する。
 
「時間とは相対空間に於ける運動量」となる。少し詳しく説明すると、ある空間に於いて物体がAからBへ移動するその運動量これによ

り時間が成立する。空間次元と言う概念の上に対象となるある物質が存在し、その物体の変化(運動)があって初めて時間を定義す

る事ができるのである。よって物質の無い世界では時間は存在しないのである。
 
では物質とはどの様な物なのか見てみる。物質の共通性として超極微小の世界を見るのが最適となる 分子>原子>素粒子>(振動

エネルギー)?となる。物質との定義において構造的に例外は存在しない。
 
ではあらゆる物質がこの構成要素とするなら、物質たらしめる為には何か統合させるエネルギーが存在しないと物資としての形体が整

わなくなる。 ただし振動エネルギーも空間次元に拘束されることはないが時間と言う概念が当てはまる。しかし我々の定義する物質と

の時間スケールに於いては比較にならないので我々の感覚時間単位とはかけ離れた世界である。よってこのエネルギー状態に於いて

は我々の数万年・数千年が一瞬であり、我々が一瞬と感じる世界が数時間・数日・数年と自由自在に位相を変える事が可能である。 

よってこの領域では時間とは概念の産物でしか無く、ここに永遠の「今」と言う定義が成立するのである。 そして幾何学的に言うなら完

全球体とでも、、、
 
ここから大きな飛躍となるが、この物質界を作り上げ物質たらしめているのはこの統合エネルギーいわゆる意識なのである。
 
このエネルギーである意識はまさしく物質の雛形でありその型に添って物質が形作られて行くのである。  (一昔前であれば妄想と一

笑されそうである、いや今でもあなた頭変でないのと言われるかも知れないが、、、、、)
 
 人間の本質は何かと問うならば意識であると答える。 (いまさら人間はただの肉体だけとは言えるはずも無い)
 
この物質界は人間の意識がこの宇宙に遍満する振動エネルギーから作り上げたものである。ただそれは我々が顕在意識下ではなく

無意識下で作り上げた結果である。ゆえにこの世界は我々の意識が投影された世界となるのである。それは一人宇宙とでも言うべき

世界でありこの気づきに大きな答えが隠されているのである。 ここで注目されるのはこの振動エネルギーと、意識と言われるエネル

ギーは位相と振動数が違う同質のエネルギーであると言う事、これをもって宇宙に遍満する神の普遍意識又は無条件の愛とでも表現

するのが適切なのかもしれない。。。。
 
さて、話があらぬ方向に行ってしまったので本の話に戻したい。
 
上記の説明である様に意識は多次元にまたがるエネルギー形態であって物質では無い、よって我々が認識するリニアーな時間経験を

超越する事が可能となる。
 
マイケルは変性意識下に於いて多くの次元・時空間を旅する経験をする、我々の知りえぬ遥か昔の人類、そこには我々自身が幾多の
 
人生を通して同じ過ちを繰り返し学んで行く姿がある。 そして選択可能な多くの未来。マイケルはこの様に多くの時空を旅し数々の可

能性を目にしてきたのである。
 
彼は結論として人類の未来に対し意識状態の有り方が次の未来を形成していくのであると、それは決してバラ色とは言えない。
 
いまさら説明の必要もないと思うが我々が目にする今の世界はお世辞にも人々が幸福とは言えない世界を作り上げている。
 
いやむしろ更なる混沌の世界が繰り広げられいると言っても言い過ぎではない。マイケルは今この瞬間に過去も未来も全てを変える事

が可能であると、そしてその選択にはまず自己の本質に気づき自己を愛し、全ての指針は愛をもって選択する事が重要なのであると。 

 私は今ここで再度「愛」の定義を行うつもりはないが、それは個々人が自己の本質(大いなるセルフ)に気づいたとき明かされるはずで

ある。
 
この本は哲学書でもなければ勿論宗教書でもない、しかし彼は実際にメタフィジカルな経験をしその学びから真理の本質を捉え我々に

語りかけてくるのである。
 
彼は決してカリスマ的な人間でも聖者と言われる人間でもない、とても我々に近い存在ながら自己の経験を基に真理を伝えてくれる、そ

れゆえに我々の心に多くの学びと目覚めの種を植え付けてくれるのである。